居酒屋探偵DAITENの「がっかり録」Vol.06 【地域別一覧表へ】
下町・名居酒屋の街だからといって
ある芝居を東京の下町の小さなホールで見た帰りのことである。芝居そのものはとても質の高いものであり、SAKURAと二人上機嫌で外に出た。
その街の名前を聞いただけで、居酒屋ファンならば「店選びが楽しくてしょうがない」という気分になるような街が周囲にたくさんある地域である。私は色々と情報を得て、行く店もある程度決めていた。しかし、SAKURAは早く呑みたいと言う。そのホールから2ブロックほど歩いたところで、名店にたどり着く計画はすぐに消えてしまった。
すぐ目の前にある割烹料理の店をSAKURAが指さす。「居酒屋探偵」にとって、良い居酒屋を探すことは「狩猟」に近い。「狩猟」の楽しみを知らない人に、それを理解してもらうのは、なかなかに難しい。寒い冬の山道を獲物求めて延々と歩くハンターの気持ちは、ハンティングをしない人には解らないのと同じである。
その店の外観を見ると、いわゆる魚に力を入れている割烹料理の店に見える。それほど古くもなく小綺麗な雰囲気である。しかし、外に「本日のおすすめ」の板も出ていない。値段も書いていない。少しだけ嫌な予感がした。その予感をうち消し、「刺身でも少し食べてすぐ外に出よう」と思いながら、店に入ることにした。
入ると左手には7、8人が座れる白木のカウンターがある。カウンターの上の段に大皿がいくつか並び煮物らしき物が盛られている。右手は小上がりである。四人席が二つ、奥の方は少し広くなっており、六人程度が座れる席になっている。
カウンター席の入口近くに七十歳くらいの御老人。その隣に連れらしき年輩の女性が座っている。少し奥のカウンターには、やはりお年寄りのご夫婦。その向こうに、ちょっと品の良いお婆様が一人座っている。カウンターの中にはエプロンをかけた女性が一人。その女性が「いらっしゃい」と言う。すると、入口近くの御老人の連れの女性が立ち上がる。よく見るとエプロンをしている。「この人も店の人なのか」と思う。店のどこにも白衣を着た板前さんの姿はない。
瓶ビールを頼み、さっそく乾杯をした後、メニューを眺める。刺身類を頼もうとしたが無い。メニューに書いてある煮物を頼む、すると、「煮物は盛り合わせ出来ます、その方がお得ですよ」と言われる。「郷にいらば郷に従え」のたとえもある。その通りにした。
さきほどのカウンター上の大皿から大きめの皿に煮物を取り、すぐに持ってきてくれた。甘辛い味付けである。ビールを飲みながら先ほどの芝居の話などする。周囲の皆さんを観察すると、異様に平均年齢の高い店内であるのに、全員がずいぶんと酔っている。
入口の御老人が楽しそうに話している。身内だったら、「もう止めておいた方が身体によいですよ」と忠告したくなるような酩酊状態である。エプロン姿の年輩の女性がずっとその隣で話を聞いてあげている。二人の身体は妙に密着している。その様子を見て、SAKURAが「お酒以外のサービスもあるのね」と小声で言う。
老人は「酒もう一本」と言う。「飲み過ぎよ」と言いながらも、300ミリリットル入りのいわゆる「生酒」の瓶をすぐに持ってくる。「もっと小さい方が良いのでは」と心配してしまう。
店に入ってから私たち以外のお客さんがつまみを頼む様子を見ていない。酒だけはどんどん注文される。この店は、御老人たちの社交の場なのである。お年寄りなので、つまみは煮物程度で十分なのである。
こういう店もあるのかと改めて思った。店の造りを見ながら勝手な想像を巡らせる。あのカウンターの中の女将さんの御主人が腕のいい板前で、数年前まではこの店もちゃんとした割烹料理店として営業していた。しかし、ギャンブルと酒が好きな御主人は、身体を壊してしまい、六十歳の若さで他界。跡取りもいない中、やはり早く夫を失い未亡人となっている妹と二人、生きる為に店を続けることにする。人情のある下町である。同情した周囲の人々が集まり、営業を続けることが出来た。時は流れ、まるで公共施設としてよくある「老人憩いの家」のような店が出来上がった・・・。誠に失礼極まりない勝手な想像ではあるが、当たらずとも遠からずではないだろうか。
お勘定をお願いする。安くはない。高くもない。忘れてしまう程の金額である。店の外までエプロン姿で見送ってくれた。明るく元気である。まさに「一期一会の店」である。ゆえに、もう来ることはないに違いない。名居酒屋の街だからといって、すべてがそうであるというはずもない。「未亡人たち」の幸せを祈って夜の街を歩く。もう一軒店を探すには時間も遅く、帰り道も遠い。急いで地下鉄の駅を目指す二人であった。
「ホッピーを原理主義的に飲む方法」はこちら。
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下町・名居酒屋の街だからといって
ある芝居を東京の下町の小さなホールで見た帰りのことである。芝居そのものはとても質の高いものであり、SAKURAと二人上機嫌で外に出た。
その街の名前を聞いただけで、居酒屋ファンならば「店選びが楽しくてしょうがない」という気分になるような街が周囲にたくさんある地域である。私は色々と情報を得て、行く店もある程度決めていた。しかし、SAKURAは早く呑みたいと言う。そのホールから2ブロックほど歩いたところで、名店にたどり着く計画はすぐに消えてしまった。
すぐ目の前にある割烹料理の店をSAKURAが指さす。「居酒屋探偵」にとって、良い居酒屋を探すことは「狩猟」に近い。「狩猟」の楽しみを知らない人に、それを理解してもらうのは、なかなかに難しい。寒い冬の山道を獲物求めて延々と歩くハンターの気持ちは、ハンティングをしない人には解らないのと同じである。
その店の外観を見ると、いわゆる魚に力を入れている割烹料理の店に見える。それほど古くもなく小綺麗な雰囲気である。しかし、外に「本日のおすすめ」の板も出ていない。値段も書いていない。少しだけ嫌な予感がした。その予感をうち消し、「刺身でも少し食べてすぐ外に出よう」と思いながら、店に入ることにした。
入ると左手には7、8人が座れる白木のカウンターがある。カウンターの上の段に大皿がいくつか並び煮物らしき物が盛られている。右手は小上がりである。四人席が二つ、奥の方は少し広くなっており、六人程度が座れる席になっている。
カウンター席の入口近くに七十歳くらいの御老人。その隣に連れらしき年輩の女性が座っている。少し奥のカウンターには、やはりお年寄りのご夫婦。その向こうに、ちょっと品の良いお婆様が一人座っている。カウンターの中にはエプロンをかけた女性が一人。その女性が「いらっしゃい」と言う。すると、入口近くの御老人の連れの女性が立ち上がる。よく見るとエプロンをしている。「この人も店の人なのか」と思う。店のどこにも白衣を着た板前さんの姿はない。
瓶ビールを頼み、さっそく乾杯をした後、メニューを眺める。刺身類を頼もうとしたが無い。メニューに書いてある煮物を頼む、すると、「煮物は盛り合わせ出来ます、その方がお得ですよ」と言われる。「郷にいらば郷に従え」のたとえもある。その通りにした。
さきほどのカウンター上の大皿から大きめの皿に煮物を取り、すぐに持ってきてくれた。甘辛い味付けである。ビールを飲みながら先ほどの芝居の話などする。周囲の皆さんを観察すると、異様に平均年齢の高い店内であるのに、全員がずいぶんと酔っている。
入口の御老人が楽しそうに話している。身内だったら、「もう止めておいた方が身体によいですよ」と忠告したくなるような酩酊状態である。エプロン姿の年輩の女性がずっとその隣で話を聞いてあげている。二人の身体は妙に密着している。その様子を見て、SAKURAが「お酒以外のサービスもあるのね」と小声で言う。
老人は「酒もう一本」と言う。「飲み過ぎよ」と言いながらも、300ミリリットル入りのいわゆる「生酒」の瓶をすぐに持ってくる。「もっと小さい方が良いのでは」と心配してしまう。
店に入ってから私たち以外のお客さんがつまみを頼む様子を見ていない。酒だけはどんどん注文される。この店は、御老人たちの社交の場なのである。お年寄りなので、つまみは煮物程度で十分なのである。
こういう店もあるのかと改めて思った。店の造りを見ながら勝手な想像を巡らせる。あのカウンターの中の女将さんの御主人が腕のいい板前で、数年前まではこの店もちゃんとした割烹料理店として営業していた。しかし、ギャンブルと酒が好きな御主人は、身体を壊してしまい、六十歳の若さで他界。跡取りもいない中、やはり早く夫を失い未亡人となっている妹と二人、生きる為に店を続けることにする。人情のある下町である。同情した周囲の人々が集まり、営業を続けることが出来た。時は流れ、まるで公共施設としてよくある「老人憩いの家」のような店が出来上がった・・・。誠に失礼極まりない勝手な想像ではあるが、当たらずとも遠からずではないだろうか。
お勘定をお願いする。安くはない。高くもない。忘れてしまう程の金額である。店の外までエプロン姿で見送ってくれた。明るく元気である。まさに「一期一会の店」である。ゆえに、もう来ることはないに違いない。名居酒屋の街だからといって、すべてがそうであるというはずもない。「未亡人たち」の幸せを祈って夜の街を歩く。もう一軒店を探すには時間も遅く、帰り道も遠い。急いで地下鉄の駅を目指す二人であった。
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濱也耕誠様
コメントありがとうございます。
とても楽しい一時でした。
また、御一緒いたしましょう。
「文芸本陣」のこと、ゆっくり検討いたします。
コメントありがとうございます。
とても楽しい一時でした。
また、御一緒いたしましょう。
「文芸本陣」のこと、ゆっくり検討いたします。
続編が楽しみです。
それと、「文芸本陣」を、WEBで再開したいですね。
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